2008年03月14日

僕の受験時代 この記事をはてなブックマークに登録

「294番!?」




あれは確か高校一年の春だったと思う。

高校最初の県下一斉テストの結果が返されたとき数学の点数の学年順位に
思わず愕然とした。一学年約310人だったので、ほとんど最下位のレベルだ。
あの時は本当に驚いた。まさかこんなに自分が学校の中で低い順位だったとは
思わなかったからだった。科目総合も確か200番台後半だったと思う。


内容的にはほとんど中学時代にやったことだったので、
普通にやれば高得点を取れるのだが、みんなの出来が半端無かったのだ。
これはさすがにまずいと思い、中学生対象のドリルをやってまずは
中学校の内容を総復習することにした。
数学と英語をやった。学校が終わって帰宅後数時間はそれを解くようにしていた。
確か2〜3ヶ月で終わったので、こんなに短い期間で出来ることを
中学三年間でやってきたのかと思うと少々驚いた。

中学時代の頃は塾には行かずに通信の学習教材をやっていた。
毎月提出するプリントはやらず、テスト対策の教材を主に使っていた。
学校では授業と、数日前から始める徹夜の試験勉強だけで十分だったし、
兄が塾へ行っているので自分は行かなくても良いという、
ある意味意地のようなものがあった。

高校は地区で一番の公立校を受験した。そして結果的には運良く合格した。
進学校よりも歩いて一分のところにある高校が良いと
3年生になるまではずっと思っていたが、心境の変化で志望校を変えたのだった。
どうして地区の公立進学校を目指すことになったかについては
また別の機会に書いてみようと思う。

中学時代は塾に行かなくたってテストの成績は上位だったのだが、
高校で出来た友達の多くは塾に行っていて、高校受験の試験の点数も
高かった。中には満点近い点数の人もいた。
そういう人にはやっぱり基礎の部分で叶わないと思い知らされたのが
あの県一テストだった。


その後中学時代の英数の復習の効果なのか、
最初の前期の期末テストでは90番台だった。これはかなりうれしかった。
さすがに最初のテストで絶望のふちへ突き落とされたので、
少しは安心することが出来た。

高校では、硬式テニスを部活に選んだ。
理由は小学校時代にフェンス越しに見た隣の高校(別の高校だが)のテニスを見て、
いつか高校に行ったらテニスがしたいと思っていたからだ。
時期を同じくしてテニスの王子様が人気だったりしたっけか。

期末試験の結果が返された日、ラケットを担いで球戯場へ向かう途中、
他の部員の試験結果を話したりしていた。

「○○が全体で9位だってよ。」

それを聞いて、思わずびっくりしたし、
そういう人がテニス部にもいるんだということにも驚いた。一桁がリアルに感じられた。
それまでは成績上位の人がどういう人だったのか分からなかったので、
ある意味現実に成績上位を目指したのはその日だったのかもしれない。


学校生活にも慣れ、夏休みになった頃
ある一本の電話が掛かってきた。その時は丁度クーラーに当たりながら
テレビを見ていて、親はいなかった。

「わたくし、○○塾の△△と申します。今回電話を差し上げたのは…。」

普通はここで良くある勧誘電話だなと思いつつ、親は今いませんので
と言って電話を切るのだが、そう言ったところ、
その人はあなたに話をしたいと言ってきた。僕は電話を切らなかった。

特にやることも無かったのもある。興味本位で聞いていると、
どうやら進学校にいる学生を対象とする入塾の勧誘らしい。
すごく情熱のある話しぶりで、是非一度塾に来てもらい、
説明をしたいと言ってきた。場所は横浜駅のすぐ近くにあるのだそうだ。


僕は返答に迷った。
しかし一度親に相談して、行けそうならば電話します
と言い、相手先の電話番号をメモに書き取って電話を切った。
今思えばあの時どうして電話番号を知っているのかと
もっと怪しむべきだったのかもしれない。


当時は自分でも不思議なのだが、
一人でも、友達と一緒でも、電車に乗って別の市へ行くということが無かった。
それまでは地元平塚の実家周辺で生きてきた。それで十分だった。
自転車で10分のところに平塚駅があったし、そこへ行けば必要なものは何でもあった。
高校だって運よく徒歩一分とまでは行かないが、10分のところにあったのだ。

それに比べて横浜駅は平塚駅から快速で31分。

生まれてからそのときまでに数えるほどしか行ったことがなかったと思う。
むしろ一人でそんな遠くへ行くという経験はその時までに一度もしたことが無かったのだ。
当時卑近で横浜へ行ったのがテニスのラケットを買った時で、
地元のスポーツショップではあり得ない品揃えに驚いたのを今でも覚えている。
店員は若く、ラケットがずらっと並べてある壁、多彩なスポーツウェア、シューズ、
更にはテニス用品まで、ありとあらゆる商品で賑わっていた。
また、テニスラケットの試し打ちが出来るブースがあったのも
衝撃だった。

帰宅した親に夕方その事を話してみると、怪訝な顔をしてまともに取り合って
もらえなかった。だが、一人で行くなら交通費を出してあげるから、
とりあえず行ってみなさいとも言ってくれたのだった。

翌日その人に連絡を取って塾の場所を確認した。
親同伴でなくても平気ですかと聞いたら、快諾してくれた。

一人で横浜へ行くのにはちょっと興奮していたし、
あのテニスショップにもついでに行けるというのが嬉しかった。
時間は確か午前11時からだったのだが、そのときは早く家を出たので
9時前には着いてしまった。10時開店の大型デパートはまだ
しまっているのだが、それにまず驚いた。もともと朝早くからデパートに
行ったりはしないが、9時には開いてると勝手に思っていたのだ。
教えられたとおりに塾の場所を探したが、歩いて5分なんて嘘だ。
かなり迷った挙句なんとかたどり着いたものの、電話したらまだ
塾が開いてないからもう少し後で来てくれないかと言われた。
(塾までは駅から大体早歩きで10分はかかる)

仕方なく来た道を戻ってファストフードの店に入り時間を潰して
出直した。
塾はそこまで大規模ではなく、こじんまりとしたところだった。
階毎が比較的狭いビルで、確か5階まであったと思う。
僕はその電話の声の主と対面し、時間を潰させちゃって悪かったね、
と言われつつ、何階かは忘れたが自習スペースの奥にある
ブースに区切られた一角に通された。
こうして一対一の塾に関する説明会が始まったのであった・・・。

<続く>







追記:

前回の日記で就職活動は大学受験に似ているという指摘を
再び書いていて、では僕がどんな受験を経験してきたのかを
見つめなおしてみようと思いました。

前回紹介したLifeに文化としての受験というのがあって、
それを聴きつつ自分の受験時代を思い返しました。

興味がある方はこちらから。まとめサイトより。

公式サイト:文化系トークラジオ Life

posted by Jack at 07:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年03月04日

雪晴れ この記事をはてなブックマークに登録

ブログの更新は久々です。

今週は朝8時からの授業が月曜から四日連続であるので
結構忙しいです。EUについての講義なんですが、理念とか歴史はすでにやっていて、
今回は実際の政治プロセスを扱っています。これがまた複雑で、なかなかやっかい
です。

欧州委員会、欧州議会、欧州連合理事会(閣僚理事会)、欧州理事会、etc。
それぞれの名称を区別しなければならないほか、それぞれが果たす役割についても
勉強しなければなりません。はっきり言ってつまらないと言えばつまらない(笑)。

ですが面白い部分もあります。実際に各国の言い分がどうやって纏められているのか、
あるいはEUが具体的にどのように動いているのかなどなど。
かなり根気が必要ですが、上にあげた部分は奥が深くやりがいがありますね。


ベルゲンはヨーロッパの比較的高緯度に位置するノルウェーにありながら、大西洋に接している海岸沿いの都市なので雪が降り積もるほど寒くなることはめったにありません。もしかすると日本の東北地方よりも暖かいかもしれないです。

しかし今日は朝から雪が降っており、部屋を出た頃には外は真っ白でした。雪質は粉雪でふわふわしており、靴で踏みしめる感触が気持ち良かった。


授業が終わった後セットでそのままセミナーがあるんですが、今日はさぼりました。その代わり図書館で教科書を読みました。教科書を読みながら、晴れつつもやわらかい雪が降ったり止んだりしてる外の景色を何度も見ていた気がします。お天気雨ならぬ、雪晴れです。

リーディングを終えて図書館を出ると、雪はやんでいてまぶしい陽が雪に反射してきらきらしていました。空は青空でしたし、久しぶりにこんな晴れ空を見た気がします。ベルゲンでは雨が多く、そうでなくても曇っている日が多いので。



丁度外に出て帰るためのバス停に向かう途中犬を見かけました。ラブラドールレトリバーだったと思うんですが、大型犬はやっぱ良いなとか思いつつ(うちでは中型犬のコーギーを飼ってたりします)過ぎ去っていくのを見てたらいきなり雪の積もってる芝生の上でいきなりゴロンと転がりました。もちろん頭からでんぐり返しするわけではなく、腹から横にローリングする感じです。思わず笑ってしまいました。

雪やコンコン あられやコンコン〜♪

っていう唄がありますよね。その中で犬は喜び庭駆け回るって部分があり、本当にそんな感じでした。
写真がその犬です(笑)



話を戻して、どうしてセミナーへ行かなかったかと言うと、予習が全部済んでなかったし、エッセイを書くために他の教科書を読んだりする必要もあったからです。

予習をせずに行くと、何を話しているのかなかなか分からないばかりか、時間が勿体無いことが最近分かってきました。

実は日本ではセミナーとかゼミというのを取ったことがなくて、
こっちに来て驚いたんですが、講義の補助のようなもので議論が中心になります。
結構読まずに行ったりしてて、そういう時は話が良く分からないまま
時間が過ぎてしまい、教科書読まないといけないなという実感だけで
終わってしまっていました。

これはまずいと思ってはいたんですが、
やはり大変でも教科書を読むのが一番効率良い勉強なんだと分かったので
これからは頑張りたいですね。リーディングの量が多いのがこっちの特徴です。
科目は一学期に大体二つか三つ取るんですが、
一つのリーディングの量がページで言うと1000ページくらいです。
僕は精読で一時間6〜8ページ進めれば良いほうなので、全部読むとすると
最低でも100時間は必要になります。
毎日3時間かけてもまるまる一ヶ月かかります。
なのである程度は読む量を絞ったりしなければなりません。

こっちで会う留学生はしっかりリーディングをやってくる人がいるので、
これが海外の大学生なのかと感心します。
リーディングをほとんどやらずに済ますことも出来ますが、
その代わり期末試験や試験代わりのエッセイで苦しむことになります。
日本にいたころは授業に出席しているだけでも良い成績を取れる科目が多かったのに、
こっちでは授業に出るだけでは不十分です。
基本的に個々人で勉強を進めなければいけません。授業時間自体が少ないので。
本来はそういうスタイルで勉強するのが本当なのかもしれないですね。
これはしっかり頭に叩き込む必要があります。

そんなこんなで実は明日明後日も8時から授業があるので寝坊せずに
出れるようにしたいと思います。こういう日記的な文章久々に書いた気が。

posted by Jack at 13:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年02月19日

李登輝博士の講演を思い出して。 この記事をはてなブックマークに登録

最近「武士道」を読んでいて、
機会があればそれについてもブログで書いていきたい
と思うのですが、武士道に関連して思い出すことがあります。


それは去年の6月6日に国際教養大学で行われた
李登輝前台湾総統の講演会です。

当時大学二年生であった僕はグローバル研究概論という
授業を取っていたのですが、その一環として李氏の講演会が
盛り込まれたのです。

大学キャンパスから少し離れた場所にあるプラザクリプトンと言う所で
実施されるということで緊張しつつもわくわくして会場へと向かいました。

というのも李登輝前台湾総統が直々に日本の、しかもこの秋田の
山奥にある(?)大学へ来校されるというのはとても信じがたいことでした。
奥の細道行脚と言われたように、奥の細道で詠われた名勝を回り、
秋田までやってきたということです。秋田には象潟(きさかた)という
名勝がありますが、残念ながら地震で跡形も無くなってしまっているそうです。
(象潟や雨に西施がねぶの花)

グローバル研究概論は中嶋学長が前半3分の1を取り持っていたので、
学長の講義の一環としての講演会という位置づけでした。自らの授業に
かの著名な李氏を招聘出来るということに驚きを隠せませんでしたが、
同時になんて幸運なんだとも思いました。
この学期にグローバル研究概論を取っている学生以外は希望者による
抽選で行けるかどうかが決まったはずだし、あらかじめ一般受講者の
応募もされたようですが、それをあっという間に高倍率の抽選になった
と聞いています。

会場へは余裕を持って30分前に行ったのですが、
学生専用席が前方を占めており、学長の配慮なのだろうかと思いつつ、
前列中央に着席しました。後方にはマスコミが陣取っていましたが、
それほど大々的なものではありませんでした。
今思うと、これも中国側への配慮ということなのかもしれません。
しかし翌日の全国紙では小スペースながらしっかりと取り上げられていました。

会場はすぐに満席になり、隣の友達と興奮しながら話を交わしつつ、
講演会が始まりました。

学長による授業が始まり、英語で李登輝博士についての説明が
なされました。すぐに李氏が拍手により迎えられました。
ご家族の方も一緒に来られたのでした。

その後学長が李氏の来校への感謝の意を表明して、
ヴァイオリンの演奏が行われました。
演奏は大学の特任准教授である渡辺玲子先生で、曲名はバッハのシャコンヌ。(※)
グローバル研究概論と同時に、先生による芸術論の授業も取っていたので
先生とは面識がありました。国際的なヴァイオリニストであり、
学長と同じくスズキ・メソードで学んでおられるので、お二人は以前から
親交があったようです。


演奏が終わるとすぐに講演が始まりました。
約一時間半にわたる、力強いしっかりとした日本語での講演でした。
講演のために自著である『「武士道」解題』を聴講者へと配布して
くださり、それも武士道とともに今手元にあります。

丁度講演会を録音しておいたのをこちらにきて見つけました。
今度聴いてみて、また感想を書けたらなと思います。

当時の拙い日記がありますのでそちらも参考にしていただきたいです。(旧ブログより)
http://blog.goo.ne.jp/jack_all_right/d/20070606



実はこれだけでは講演会回想は少し不十分で、当時の李氏来日
に関する中国の反応についても触れなければなりません。

台湾ですでに民間人になっているとは言え、やはり政治的な
影響力はかなり大きいため、来日に関して中国から注文が来たのです。
以前より来日を希望されていた李氏なのですが、中国の反応を懸念してか
なかなか実現せず、6月にやっとその念願が叶った形となりました。

これに関して面白い記事を見つけたのですが、
良い機会なので紹介します。
李登輝氏訪日めぐり日中神経戦

今年6月にドイツで開催された主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)での安倍晋三首相(当時)と中国の胡錦濤国家主席との首脳会談をめぐり、中国側がその直前の台湾の李登輝前総統の訪日を理由に会談を拒否していたことが27日、複数の関係者の証言で分かった。しかし、日本側が譲らず、中国側が全面的に折れるかたちで決着、会談は行われた。こうした安倍政権の“遺産”をどう継承できるかが、今後の対中外交の焦点になりそうだ。


ここで実は安倍元首相の毅然とした態度があったために
講演会が実現していたのかもしれないのです。詳しい部分を更に
以下引用していきます。
 関係者によると、サミット開催に合わせた日中首脳会談は、日中間の戦略的互恵関係の促進や北朝鮮問題などを話し合うため、早い段階で日本側が呼びかけ、中国も応じる構えだった。

 ところが、中国側は、5月末になって会談中止を通告してきた。理由は、5月30日の李氏来日だ。中国政府は、28日の日中外相会談で楊潔●(=簾の广を厂に、兼を虎に)外相が麻生太郎外相(当時)に李氏訪日への懸念を表明していた。それにもかかわらず、日本側が李氏の入国に何の制限も加えなかったことを問題視したのだ。

 これに対し、日本政府は、「サミット正式参加国は日本だ。招待国の中国と無理して会談することはない」(当時の官邸筋)と会談の提案そのものを引っ込めた。

 これにあわてたのが中国だった。すぐに「李氏は日本で講演を予定している。これを(マスコミなどに)完全クローズにするなら安倍氏と会談してもいい」とハードルを下げてきた。

 それでも日本側が「会談開催に李氏訪日の件を絡めるならば、会う必要はない」という安倍氏の考えを伝えたところ、中国側は6月3日になって「条件はつけない。ぜひ会談を行いたい」と全面的に譲歩。8日の首脳会談が実現した。


遺産と言っても今のイメージではあまり良いものではありませんので、
使いたくはありませんが、少なくとも負の遺産でないことは確かです。



※バッハ、シャコンヌ。YouTubeのビデオリンクを張っておきます。(参照


posted by Jack at 09:55 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年02月04日

「三期生」としての役割 この記事をはてなブックマークに登録

国際教養大学もこの冬で、
めでたく初めての卒業生が出るということで、
それにつけて「三期生」の役割って何だろうなと
考えてみたいと思います。

なぜ三期生ではなく「三期生」としたか言うと、
現在僕は大学二年生(新三年生)で、その意味では
二期生(つまり二年生)なんですが、大学が創立3年目に入学した
ということで「三期生」と呼ばれているからです。
だから僕の一年後に入学した学生は四期生と呼ばれることになります。

ちょっとややこしいかもしれませんが、
とにかく国際教養大学は出来てまだ四年経っていない大学です。
僕がこの大学に興味を持ったのも出来てばかりの大学であるため、
自分たちで作っていけるという思いがあったからでした。


一期生(つまり初代)はもちろん先輩もいなくて、
何から何まで自分たちで切り開いていかないといけませんでした。

例えるなら、何も無いところに道を作っていくのが
一期生の役割だったと言えるでしょう。

それはものすごく重い責任があったと思うし、
さらにそんな中、大学初めての就職活動をして内定を獲得したり、
大学院への進学を決めました。

内定が決まった企業先というのも学内情報として知らされましたが、
有名企業が多くあり、これも先輩方の努力や進路指導室の活躍の
おかげなのかなと思っています。


そして二期生はというと、一期生が作ってきた道を進みながら、
新しく入ってくる僕たち三期生を後輩としつつ、
先輩が作ってきた道を広げ、後輩が通りやすくするような
役割があると言えると思います。

あるいは先輩と後輩との板ばさみになる、
会社で言う中間管理職のようなつらい部分も
その役割の中にはあるのかもしれません(笑)

もちろん僕らもこれからそういう部分を
さらに経験していくことになるとは思いますが。



では「三期生」はどうかというと、
考えられるのは二つあるのかなと。

一つは、先輩たちが作ってきた道を更によりいっそう
磐石なものにすること。(※)

どういう風に磐石にするかというと、
例えば部活動や委員会の気風を作るとか、
勉強や就職活動などでの情報のネットワークを作る
などでしょうか。


もう一つは、どちらかと言えば補足的なものなんですが、
その道がしっかりと先へとつながっているのかを見極めること。
あるいは道が良い方向に進んでいるかを考えるということです。

三年目ということで、一期生とは直接学年が接しておらず、
より客観的に先輩たちが歩いてきた道を見つめることが出来る
という面があるのかもしれないと思うわけです。


それで今考えてるのが、
ずばり就職活動です。多くの学生が留学を終えて
帰国後すぐに就職活動を始めるという状況になっているので、
しっかり計画された準備が重要になってくると思っています。

大学が積極的に就職活動を支援してくれているというのはありますが、生徒間の情報ネットワークというのは他の大学に比べて
まだまだ弱いのかなと思っています。
そしてそうした活動を三期生が中心として行うことが出来れば、
自分たち自身のプラスにもなるし、今後の後輩たちが通ることにも
なる就職活動の道が磐石なものになるのではないでしょうか。

そして、そういうことに対して何か出来ることはないか
と僕は考えているところです。


話は変わりますが、僕の大学では進路指導室を中心として、
就職活動にかなり力を入れていると思います。

一年生のころからキャリアデザインという授業を取ることも出来るし、
企業説明会や有名企業の講演会なども多くあります。

個人的にはタリーズコーヒーの松田公太社長の講演が
深く印象に残っています。講演の前半は英語で社長の生い立ちや
どうしてフード産業でビジネスを始めるようになったのかを話され、
その後日本語でタリーズコーヒーについて語っていただきました。

入学当初は英語で行われる講演というのにあんまり慣れられず、
英語で質問するというのも躊躇いがちだったんですが、
(もちろん日本人が講演者の場合は日本語で質問することも出来ます)
授業に出たり、意欲的に英語で話す先輩や友達を見るうちに、
そういうことにも慣れてきました。

こうして留学していると、やっぱり
授業中に発言するというのはよくあるし、
質問したりする場が多いため、そういうスキルは
自然とついてくるのかなとも思います。

ただ、やはり自分でしっかり考えて、
それを発言し、疑問をつねに持ち続けるという姿勢は
大切だと思うし、それは日本でも同じなのでしょうが。


就職活動の話に戻ると、
はっきり言えば、四年卒業のプランの場合、
三年生の夏には遅くても就職活動の準備を始めないといけません。
近年就職活動の開始時期は早まってきており、遅くても三年の春には
何らかの情報収集などはし始めていないと出遅れてしまう可能性が
あります。


ちなみに新三年生は、
就職活動でいう何年卒になるか知っているでしょうか??






答えは、2010年卒です。


少なくとも情報収集は始めないといけない時期に来ています。

もし時間があったら、いろいろなサイトなどを見てみると
良いと思います。


四期生の役割について書きませんでしたが、
それは彼ら自ら考えてもらうと言うことで(苦笑)


かなり内輪な話になってしまったかもしれませんが、
大学生であれば大学における各学年の役割などを考えるヒントに
なればいいかなと思います。
また、他にもこういう役割はあるんじゃないだろうかという
意見もお待ちしています。




※友達が、三期生は三代目ということで
「家光だね!」と言っていて、上手いこと言うなと思いました(笑)
確かに三代目の家光によって幕藩体制は磐石なものになり、
江戸時代は250年以上続いたわけですからね。
posted by Jack at 05:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2008年01月09日

現状報告など この記事をはてなブックマークに登録

ブログの更新が止まったままで申し訳ありません。

現在ノルウェーから一時帰国中で、
ゆっくりしたり、片付けをしたり、
また気が向いたら犬の散歩に行ったり、
本を読んだり、テレビを見たり、
友達と会ったりと
いろいろです。
あとショッピングもしました。
スーツケースがどうにも動きが悪く、
かなり疲れるので新調するつもりです。

新年の挨拶をしたかったのですが、
喪中であるため辞退させていただきました。

ノルウェーにはまた重宝したみりんなどの
調味料や、"saki"と呼ばれる日本酒を持っていって
友達にふるまおうと思っています。
日本人の友達には梅酒のリクエストをいただいているので
それも(笑)

一応高校の同窓会があったのですが、
何しろ人が多くて、いつも遊んでいたメンツ以外とは
あまり話せませんでした。
やはり一クラスとかでやったほうが落ち着いて
話せるのでしょう。
立食だったのもあって、結構手持無沙汰な感じでしたね。

でもその後、クラスを超えて仲の良いグループでカラオケに
いったりとかなり盛り上がったので良かったです。

といっても二年ぶりという人もそんなに多くなく、
結構会っていたりしているので、感動の再会というほどでは
ありませんでした。中には北海道へ行ってる人とかもいて
なかなかおもしろかったです。
(秋田の僕が言えることではないのでしょうけど 笑)

浪人組もめでたく志望校に入れたらしく、
数人友達の中には留学している人もいました。

東大とか早慶に入った人たちには負けたくないですね!

就職活動ではそこらへんで少し差が出てくるのでしょうが、
こちらは早めのスタートで望みの就職先をゲットしたいと思います。


ということで、今年は就職活動が開始する年でも
あります。今はその情報収集なんかも始めているので、
このブログでも今度改めて書いていこうと思います。

もちろん公務員試験も考えています。


今は実家にネット環境が無いので、
ネットカフェとかを利用した更新しかできずにいるのですが、
時間が出来た際にはコメントへの返信を行いたいと思います。

コメントされた方々、本当にどうもありがとうございます。
できるだけ早く返信させていただきたいと思いますので
どうかお待ちください。


追記:14日は成人の日で、実家から徒歩数分の会場で
成人式が行われます。懐かしい顔ぶれに会えるのかどうか楽しみです。
むしろ気付かないくらい変わっているような気もしますが。
特に女性は変わりますね!それは同窓会で実感しました。
posted by Jack at 16:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

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