2008年03月14日

僕の受験時代 この記事をはてなブックマークに登録

「294番!?」




あれは確か高校一年の春だったと思う。

高校最初の県下一斉テストの結果が返されたとき数学の点数の学年順位に
思わず愕然とした。一学年約310人だったので、ほとんど最下位のレベルだ。
あの時は本当に驚いた。まさかこんなに自分が学校の中で低い順位だったとは
思わなかったからだった。科目総合も確か200番台後半だったと思う。


内容的にはほとんど中学時代にやったことだったので、
普通にやれば高得点を取れるのだが、みんなの出来が半端無かったのだ。
これはさすがにまずいと思い、中学生対象のドリルをやってまずは
中学校の内容を総復習することにした。
数学と英語をやった。学校が終わって帰宅後数時間はそれを解くようにしていた。
確か2〜3ヶ月で終わったので、こんなに短い期間で出来ることを
中学三年間でやってきたのかと思うと少々驚いた。

中学時代の頃は塾には行かずに通信の学習教材をやっていた。
毎月提出するプリントはやらず、テスト対策の教材を主に使っていた。
学校では授業と、数日前から始める徹夜の試験勉強だけで十分だったし、
兄が塾へ行っているので自分は行かなくても良いという、
ある意味意地のようなものがあった。

高校は地区で一番の公立校を受験した。そして結果的には運良く合格した。
進学校よりも歩いて一分のところにある高校が良いと
3年生になるまではずっと思っていたが、心境の変化で志望校を変えたのだった。
どうして地区の公立進学校を目指すことになったかについては
また別の機会に書いてみようと思う。

中学時代は塾に行かなくたってテストの成績は上位だったのだが、
高校で出来た友達の多くは塾に行っていて、高校受験の試験の点数も
高かった。中には満点近い点数の人もいた。
そういう人にはやっぱり基礎の部分で叶わないと思い知らされたのが
あの県一テストだった。


その後中学時代の英数の復習の効果なのか、
最初の前期の期末テストでは90番台だった。これはかなりうれしかった。
さすがに最初のテストで絶望のふちへ突き落とされたので、
少しは安心することが出来た。

高校では、硬式テニスを部活に選んだ。
理由は小学校時代にフェンス越しに見た隣の高校(別の高校だが)のテニスを見て、
いつか高校に行ったらテニスがしたいと思っていたからだ。
時期を同じくしてテニスの王子様が人気だったりしたっけか。

期末試験の結果が返された日、ラケットを担いで球戯場へ向かう途中、
他の部員の試験結果を話したりしていた。

「○○が全体で9位だってよ。」

それを聞いて、思わずびっくりしたし、
そういう人がテニス部にもいるんだということにも驚いた。一桁がリアルに感じられた。
それまでは成績上位の人がどういう人だったのか分からなかったので、
ある意味現実に成績上位を目指したのはその日だったのかもしれない。


学校生活にも慣れ、夏休みになった頃
ある一本の電話が掛かってきた。その時は丁度クーラーに当たりながら
テレビを見ていて、親はいなかった。

「わたくし、○○塾の△△と申します。今回電話を差し上げたのは…。」

普通はここで良くある勧誘電話だなと思いつつ、親は今いませんので
と言って電話を切るのだが、そう言ったところ、
その人はあなたに話をしたいと言ってきた。僕は電話を切らなかった。

特にやることも無かったのもある。興味本位で聞いていると、
どうやら進学校にいる学生を対象とする入塾の勧誘らしい。
すごく情熱のある話しぶりで、是非一度塾に来てもらい、
説明をしたいと言ってきた。場所は横浜駅のすぐ近くにあるのだそうだ。


僕は返答に迷った。
しかし一度親に相談して、行けそうならば電話します
と言い、相手先の電話番号をメモに書き取って電話を切った。
今思えばあの時どうして電話番号を知っているのかと
もっと怪しむべきだったのかもしれない。


当時は自分でも不思議なのだが、
一人でも、友達と一緒でも、電車に乗って別の市へ行くということが無かった。
それまでは地元平塚の実家周辺で生きてきた。それで十分だった。
自転車で10分のところに平塚駅があったし、そこへ行けば必要なものは何でもあった。
高校だって運よく徒歩一分とまでは行かないが、10分のところにあったのだ。

それに比べて横浜駅は平塚駅から快速で31分。

生まれてからそのときまでに数えるほどしか行ったことがなかったと思う。
むしろ一人でそんな遠くへ行くという経験はその時までに一度もしたことが無かったのだ。
当時卑近で横浜へ行ったのがテニスのラケットを買った時で、
地元のスポーツショップではあり得ない品揃えに驚いたのを今でも覚えている。
店員は若く、ラケットがずらっと並べてある壁、多彩なスポーツウェア、シューズ、
更にはテニス用品まで、ありとあらゆる商品で賑わっていた。
また、テニスラケットの試し打ちが出来るブースがあったのも
衝撃だった。

帰宅した親に夕方その事を話してみると、怪訝な顔をしてまともに取り合って
もらえなかった。だが、一人で行くなら交通費を出してあげるから、
とりあえず行ってみなさいとも言ってくれたのだった。

翌日その人に連絡を取って塾の場所を確認した。
親同伴でなくても平気ですかと聞いたら、快諾してくれた。

一人で横浜へ行くのにはちょっと興奮していたし、
あのテニスショップにもついでに行けるというのが嬉しかった。
時間は確か午前11時からだったのだが、そのときは早く家を出たので
9時前には着いてしまった。10時開店の大型デパートはまだ
しまっているのだが、それにまず驚いた。もともと朝早くからデパートに
行ったりはしないが、9時には開いてると勝手に思っていたのだ。
教えられたとおりに塾の場所を探したが、歩いて5分なんて嘘だ。
かなり迷った挙句なんとかたどり着いたものの、電話したらまだ
塾が開いてないからもう少し後で来てくれないかと言われた。
(塾までは駅から大体早歩きで10分はかかる)

仕方なく来た道を戻ってファストフードの店に入り時間を潰して
出直した。
塾はそこまで大規模ではなく、こじんまりとしたところだった。
階毎が比較的狭いビルで、確か5階まであったと思う。
僕はその電話の声の主と対面し、時間を潰させちゃって悪かったね、
と言われつつ、何階かは忘れたが自習スペースの奥にある
ブースに区切られた一角に通された。
こうして一対一の塾に関する説明会が始まったのであった・・・。

<続く>







追記:

前回の日記で就職活動は大学受験に似ているという指摘を
再び書いていて、では僕がどんな受験を経験してきたのかを
見つめなおしてみようと思いました。

前回紹介したLifeに文化としての受験というのがあって、
それを聴きつつ自分の受験時代を思い返しました。

興味がある方はこちらから。まとめサイトより。

公式サイト:文化系トークラジオ Life

posted by Jack at 07:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |
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