2007年11月08日

裏サイトや掲示板について思うこと〜ネット社会での人格とは〜 この記事をはてなブックマークに登録

人格と言葉の意味について考えてみようと思います。

普段意識することは無いかもしれませんが、
我々は社会、他人との触れ合いを通して自分に対するイメージ
を築き上げています。他人からの評判なども含めて、自分の人格が形成されていくのです。
この人格というのは、アイデンティティと言い換えても良いのかもしれません。

ネット社会でも、もちろん人格を築くことが可能です。

mixiなどでは、既に自らの普段の友達との交流の延長として機能している場合が多いです。
その場合は実生活での人格がそのままネット上での人格になりますね。

しかしそうではない場合、ネット上のほかの人々との交流の中で
自分がどういう存在なのかを伝えながら人格を築くことになります。

そのネット上での人格は実生活とほぼ同じであることもありますし、
全く異なることも可能です。
しかし、どちらにせよそこにアイデンティティ、つまり自分はこういう人間なのだ
という思いが存在することには変わりありません。

その人格は個性でもあるので、容易に崩せるものではありませんし、
そこではその人格としての振る舞いが要求されます。ですからその人格から
発せられる言葉は非常に重いものです。この「重さ」は日常生活で友達に発する
言葉と同じ程度だと言えるでしょう。

この言葉の「重さ」が実はネット上での発言を考える上で非常に大切になってくると思います。

もし人格が存在しないまま、つまり無人格のままに書き込むことが出来る場合、
その発言には責任が伴いません。失うものはないというのもありますが、
発言している自分は何者でもない訳ですから、間単に悪口を言うことが出来るし、
どんな蛮行でも可能となるのです。


またちょこっと金八先生に触れると、
第一話では、裏サイトについて、言葉の重みが無いというのを
指摘しています。確かにそのとおりなのかもしれません。


以前は匿名性自体が問題だと思っていたのですが、
どうやら人格、アイデンティティの問題が根本にあるのだと
思うようになってきました。

金八先生について感想を書いたことがあるので、
旧ブログより。
金八先生 第一話「ギラリと光るダイヤのような日!」

金八先生 第二話「赤い私服の転校生」
posted by Jack at 23:28 | Comment(2) | TrackBack(0) | インターネット | このエントリーを含むはてなブックマーク |
この記事へのコメント
どうしても金八先生が放映されない地域で学生をやっているなんて信じたくなかった…。 でも仕方が無いね。

責任が無いからこそ、発言が軽くなったりとか匿名だからこその怖さっていうのもたくさんあるよね。

特にいじめに応用されるとなるとマジで処理の仕様がないように見える…。



Posted by Juge at 2007年11月11日 18:55
ニ○動でも観れるみたいだよ。

責任が無いからこそ言えることも
あるんだろうけど、それがマイナスに働いてしまう
場合は問題になってしまうからね。
ある程度リテラシー能力があればネットでのいじめも
深刻にはならないんだろうけど。
そこらへんは教育で改善していくほかに無いのかな。
Posted by From管理人 at 2007年11月14日 19:46
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。