2007年12月09日

Only One?-No One, Nobody この記事をはてなブックマークに登録

オンリーワンと言えばおそらく数年前に大ヒットした
SMAPの「世界に一つだけの花」を思い浮かべる方が多いだろう。

つい最近友達とメッセで会話しているときにこの言葉が出てきて、
オンリーワンのことを先輩が好きじゃないと言っていたという
話になった。

僕はこの言葉には素敵な面もあるとは思うが、
解釈を間違えればマイナスの言葉になるとも考えている。

そのマイナスの面をその先輩も言っていたのだが、
要は「私たちはオンリーワンなんだ」と言って、
そこで自分を磨こうと頑張ることをやめてしまうこと。

そうやって進歩しようとすることを諦める口実にしてしまうことだ。

この構図は、私たちはみんなオンリーワンだと言って、
励まし合う、というより励まして前に進むのではなく、
お互いに傷をなめあい、その場所に留まるということを意味する。

さらに踏み込んで言うならば、その傷のなめあいによって
人は前へ進むことを忘れてしまう。というより前へと進むことが
出来なくなると言ったほうが適切なのかもしれない。

確かにそこに自らの場所はあり、安堵できるものだが、
そこで留まっていればいるほどそこから抜け出すことが
難しくなる。

そこまでいかなくても、オンリーワンというのは、
消極的な意味を持っているのだと思う。


ところで今の僕はどうだろうか。
オンリーワン(Only One)と言えるだろうか。

そうではない。僕はノーワン(No One)だ。
ノーワンであり、ノーバディ(Nobody)である。

ノーベル科学賞を受賞した利根川進は、
立花隆との対談で、自らの研究をさせてくれるスポンサーとなる
研究所を探したが、当時は誰も助けてくれなかった、
と言っている。

そして立花隆が、ノーベル賞を受賞したあなたが
そんな扱いをされていたのか、という驚きをもらしたのに対し、

当時私はノーバディでしたから、

と答えている。

Nobodyとは、英語で名も無い人、取るに足りない人という
意味がある。

つまり当時の利根川進は、自身の功績が社会的に認められておらず、
ただの一研究員であり、ノーバディだったのだ。


もちろん僕が利根川進と同様にノーバディを名乗るのは
多少気後れがするが、
実際に僕は世間から見ればただの一大学生であり、
ノーバディであることに変わりは無い。


大学での生活はもうすぐ二年を過ぎようとしている。

神奈川県から一度も足を踏み入れたことが無く、
大学説明会にも行かずに入学した国際教養大学。

高校二年の冬、蛍雪時代の特集ページで、
「授業はすべて英語」という謳い文句に惹かれ、
それ以来模試の際には志望校に必ず入れた。
教養大学という名前も受験動機にはあった。

高校時代の勉強ではまだまだ足りないと思い、
もっとさまざまな科目を取って学問の大きな
枠組みのようなものを知りたいと考えていた。
そこで大学には教養学部があるところを選んだし、
出来るだけ面白い学生が集まり、勉強の選択の幅が
あるところに絞った。

公立大学であるが、
出来たばかりの大学であり、
当時まだそこまで競争率は高くなかった。

もし僕が入学すれば、3期生となり、
まだまだ大学を作っていく主体になれるのでは
ないかと思っていたし、少人数の大学というのも良かったと思う。


一年の頃は、受験時代に鍛えてきた英語に自信はあったものの、
英語の授業を受けるために必要なリスニング力やスピーキング力は
ほとんど無く、しかも入学してきた同級生には一年間留学していた
人も少なくなく、彼らに負けないように必死で頑張った。

それと平行して、高校時代に一生懸命に打ち込めなかった部活動など、
勉強以外の活動にも力を入れると決めていた。

だから三つまでしか入ることを許されなかった部活・サークルに
5つ・6つも入り、スケジュールに追われる忙しい日々をすごした。

エネルギーが無くなるなんて考えなかったし、むしろ
エネルギーを使えば使うほど出てくるという考えでいた。
途中何度か風邪を引いたりしたけど、勉強ではやることはやったし、
少なくともやらなければいけないことはこなしてきたつもりだ。


そして今ではこうしてノルウェーでの生まれて初めての海外生活を
経験し、その生活もあっという間に半分というところまで来ている。
こっちでは時間に追われる今までの生活とは対照的に、
自分で完全に責任を持ってやりたいことをやりたいときにやるという
生活を実現している。くつろぐことも出来、いろんなことにチャレンジした。

もちろん授業に出るのも自由だ。学生規模が大きいので
出席を取るところは無く、好きなときに出席していればよかった。
そして出なかったツケは自分に回ってくるし、そこに対しては
責任を取らなければいけないが、それ以外は本当に自由にして良い。

そして自由にやってみて感じたのがもちろんある程度は
英語を話さないといけないという強制的な環境ではあるが、
実際に話さなくても生きていけるということだ。
つまり、話したいという気持ちが無いと、一向に英語は上手くならない
ということでもある。
こちらから積極的にいかないと向こうは受け入れてくれないし、
その意味では少し消極的だったのかもしれないと反省している。
だから残りの半年は思いっきりそれこそこっちでしか出来ない
こともしてみようと思う。

留学から帰ってきたら、やることはたくさんある。

車の免許は取らないといけないし、
インターンシップだってある。

そして帰ってくるのが3年生の夏だから秋には
リクルートの登録など就職活動の火蓋が切って落とされる
わけだ。

大学院へと行く道も残されているが、よほどやりたいことが
無い限り、つまり高いお金を借りてまで払うほど行く気がある
場合にしか考えられない。特に理系学生では無いため、
大学院進学というのはまだまだマイノリティだろう。


ここで最初に触れたノーバディというところに突き当たる。
インターンシップが僕の大学では必修単位となっているのだが、
インターンシップ先は自由に決められる。
もちろん大学が企業と独自にコンタクトを取ってくれて出来た
インターンシップ先を選ぶというのが一番簡単な手だ。

しかし出来れば自分で働いてみたいと思う企業を
自らの手で選びインターンシップをするというのが
理想だ。
そのために試しに二つの会社にメールを送ってみた。
しかし返信は無かった。もちろんこちらに不備があった
のかもしれない。でもそこにあった現実は、
自分はまだ何者でもない、つまりノーバディだという実感だった。

自分がどのような人間かというイメージは
他者との交流を通じて、あるいは他者という鏡を通して
形成されるものだ。分かりやすく言えば、
自分を石の塊だとすれば、他者との交流を通じて
削りだされていくのが自分ということだ。

そうして作り上げてきた自分を持ったまま、
あるいはそれが自分だと思いながら就職活動、あるいは
インターンシップへと進むと痛い目に合う。

そこにある現実は、ノーバディな自分なのである。

もちろん向こうの人間は僕のことを全く知らないし、
分かるのは一大学生ということだけであろう。
そこには僕が大学で築いてきた僕のイメージというのは通用しない。
これが自意識過剰な考えだと言うのは頭では分かっていたつもり
だったが、実際にはそうでは無かった。

だからメールの返信が無いことを知ってああ、分かってなかったんだな、
と思った。では大人しく大学が提供してくれているインターンシップ先
から選ぼうかということになるが、それは最後の手段にしたい。

大学の助けを出来るだけ借りることなくインターンシップ先を
勝ち取ってみたいと思う。

待っていても企業が向こうから僕がどんな人間かなんて
知ろうとしてくれるわけが無い。
そんな甘えは捨てなければならない。

こっちからどんな人間なのかをアピールしていかなければ
ならないのだと思う。

まだ就職活動までは時間がある。
しかし社会へ出るに向けてこの姿勢は大事にしていきたい。

NobodyからSomebodyへ。

サムバディ(Somebody)というのは、
ひとかどの人物、大物という意味がある。

大物になれるかどうかは置いておくにしても、
社会において何者かにはなりたいと思う。

インターンシップ先を勝ち取るというのは
そのための一歩にほかならない。
posted by Jack at 09:47 | Comment(2) | TrackBack(0) | 就職・インターンシップ・大学院 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

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