2007年11月17日

金八先生 第六話「自己主張は金髪で」 この記事をはてなブックマークに登録

金八先生第六話観ました。
今回は何となく素直に響いてこない回でした。

単に理解出来ていないということもあるのかも
しれません。

気になったのが、
自殺しようとしている人を説得して止めさせようという
シュミレーションを教室でやったんですが、最後の一組
以外はみんな失敗。引き止めることが出来ませんでした。
これは自殺抑止ロールプレイングと言って実際に授業に
組み込まれている学校もあるそうです。

それに対し金八先生が内容を振り返ろうということに
なって、失敗したどの組でも、説得する言葉が相手に
届かなかった、つまり心に響かなかったというんです。

なぜ届かなかったのかという問いに対し、
金八先生が答えたのは、それが頭で考えた言葉であるからだ
ということ。
例えば、「あなたが死んだら両親がきっと悲しむよ」という言葉。
これでは今から死のうとしている人を思い留まらせられませんでした。

そして本当に相手の心に響くのは身体から発せられた言葉である
と言います。

頭で考えた言葉と身体から出た言葉。

僕自体はこの話を聞いてすぐになるほどな
という気がしませんでした。

それは僕が単に納得出来るだけの
経験が無かったのかもしれませんが、
もしかしたら金八先生の言葉自体が身体から出ていなかった
からなのかもしれないと少し思いました。

何となく説得力が無い感じがしました。
それは僕が普段と少し違う調子だったからかも
しれないのですが、虚ろに聞こえたのです。


俳優の発する言葉。

それは心に響く言葉なのだろうか。

もちろん映画などを観ていても
ずしんと来る言葉はあります。
でもそれってどうしてなのかは分かりません。


以前映画『ゲド戦記』に対する原作者の
メッセージ(独白に近い)を読んだことがあります。

それによると、登場人物の発する言葉が響かないと言っていました。
これはなぜかと言うと、原作中に出てくる言葉の中の金言のような
ものを選び出したのは良いが、その言葉にキャラクターの実感が
こもっていないとのことでした。つまりその言葉が生まれるまでの
キャラクターの体験や経験が無視されているということです。
コンテクスト(文脈)の欠如ということでしょうか。

もちろん演技者の力量が必要ですが、
その言葉が「リアルであること」がまずは前提にあるということです。


自分の言葉を発する、

ということを考えたときに、金八先生の言うように
頭で考えたことだけでは相手に響かない。
身体から発しなければならないのだとするなら、
これからはもう少し自分の言葉にこだわってみようと思いました。


自殺しようとしている役になったミカですが、
説得に対し、死後の世界があると言う風に答えました。

後で先生がそれぞれのシュミレーションに対し
点数をつけていったのですがミカのグループは
「死後の世界がある」というのは、他人からもらった言葉
だということで0点でした。

それに対し、ミカは、

「どうしてテストでも無いのに点数をつけるんですか」

と問いかけました。そうすると、先生が、

「なぜなら先生だからです」

と答えたのです。


これについてミカは口をつぐんだままシーンが途切れたので
これからどうなるのか分かりませんが、
この言葉に対しても素直に受け止めることは出来ませんでした。

後から理由が示されるかもしれないので
次回に期待ですが、これも「響かなかった」気がします。


サトケンはまだ心を閉ざしたままです。
次回はまたひと波乱あるような気がします。

最初の回のうちににらんでいた
金八先生からの教師へのメッセージですが、
最近はあまり出てこないのであまり大きなものでは
ないかもしれません。

しかし次回は幸作が登場して…。
案外読みははずれていないのかも。
posted by Jack at 20:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 批評〜書籍・映画・ドラマ〜 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2007年11月13日

小沢民主党について思うこと この記事をはてなブックマークに登録

かなり書くのが遅れましたが、
一応拙いながら今回の小沢氏の動きと、民主党について
考えたいと思います。

僕は、大連立は渡部恒三氏や森前首相を主導として
自民党側から持ちかけられたものだと考えています。

読売新聞の報道にしてもそうですが、
かなり前から大連立への布石がされていて、しかも
小沢氏自体会談前に説明を受けていた可能性が高いです。

しばらく考えてみて、今回の一連の結果はやはり
小沢氏にとっても民主党にとってもマイナスの結果となりました。

今回の動きで残念だったことが二つあります。

一つは結局は小沢氏が筋を通せずに党首慰留となったこと。

もう一つは民主党内の結束が取れていなかった、あるいは
内部の信頼関係の脆弱さが露見されることになったということ。

小沢氏が党内に回答を持っていったところまでは
良いと思いますし、既に説明を受けていたならばその場で
断ることなどしないでしょう。

しかし、回答を持ち帰ったと思えば、
党内からなぜその場で断らなかったのだなどと党首批判が起こり、
たちまち事態が大きくなりました。実際に党内の話し合いがどうのように
なされたのかについては分かりませんが、民主党のリーダーの行動自体に
批判を加えるようなことがあってよいのでしょうか。

もし小沢氏が、会談で福田首相が特措法について大きく妥協し、
ここまで首相が歩み寄ってきたんだけど、どうしよう?という風に単独で
判断せずに党での回答を求めたのだとしたら、
それはやはり民主党としては呑めない案件だと言えば良かったのです。
何も声を大にして党首を責める必要はなかったでしょう。

結局は今回の動きで民主党内の結束力が欠けていることを露呈させることになり、
民主党のイメージ低下につながってしまいました。

小沢氏もここまで党内が荒れるとは予想していなかったので、
まずいと思い辞意を表明したのではないか、

と考えることも出来るかもしれません。


この党員が自らリーダーに対する批判すら平気で公言するというの
なんとかならないんでしょうか。
自虐的なのか、それとも不正を一切受け付けようとしない、
正義感にあふれた行動だということなのか。
でもそれは民主党の利益にかなったことなんでしょうか。

今民主党に求められているのは団結力を発揮して自民党の対抗勢力に
なる事で国民にアピールすることです。

大連立があろうがなかろうが党内が自壊するようでは
政権交代など求められることではありません。


また、今回の福田氏の譲歩によって、
給油法の成立は急いでいないという本音とも言うべき言葉が
出てきました。これにはアメリカも驚きの色を隠せないのではないでしょうか。

今回の法案について小沢氏が出した条件の国連議決についてですが、
僕は小沢氏の国連主義に疑問を持っています。

なぜ国防に関して国連の可決を求める必要があるのでしょうか。
少なくとも今の日本の国連における位置は好ましいとは言えないし、
ある意味一部の日本の防衛に関する権限を国連に委譲するという
ことでもあります。
まあこの事は小沢氏の中国に対する配慮があるのかもしれませんね。
posted by Jack at 13:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | 時事・社会 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2007年11月12日

金八先生 第五話「親の希望子供の夢」  この記事をはてなブックマークに登録

2話までは感想を書いたんですが、3・4話と感想を書けませんでした。
ここでさらりとどんな感じか書いてみます。
ドラマってあまり映画ほど気にして観たりはしませんが、
今回は結構テーマなどについても考えながら観ているのは確かです。

今まで観て感じたのは、金八先生ではいくつかの問題を同時進行しつつ、
それに対して大体一話につき二つくらいメッセージが入っているという事です。
大きな流れとしては、やはり生徒の自主性、感受性など、生徒自体への
問いかけがあること。これはどのシリーズでも一貫しているような気がします。

そして今回新しく思ったのが、先生への問いかけや親への問いかけ
にも重点が置かれるようになったということです。
前者については、新人の美術教師の立花先生や体育の先生などの悩みに対して
金八先生がメッセージを発しているのではないでしょうか。
また、後者については、家庭内部に目を向けてみるとさまざまな問題が
浮かび上がってきます。モンスターペアレンツなんていう言葉を最近
聞きますよね。子どもの意思を無視して突っ走る教育ママなど。そうでなくても、
子どもに対しての愛情が欠けていたり、人間的に未熟、あるいは
人格的に不完全な親がいて、それがそのまま子どもの問題の原因にも
なっています。


3話では、私服登校問題の続きです。
みかという転校生が私服を着てきていることが発端ですが、
ここで考えることが、規則とは何かということ。
理由が分からない規則は守れないというのが彼女の主張です。
規則を盲目的に守ることに対する疑問が投げかけられています。

これに対し学生はどう反応するのでしょうか。

付和雷同という言葉がありますが、自ら考えて行動すること、
そして規則を守らず破ったとして、その行動には自ら責任を持たなければ
いけないことを金八先生は教えてくれます。自主性・感受性とは何なのか。
これは学生でなくても考える必要があります。
しかしまだみかに関してはもう一波乱ありそうです。これは
これから明らかにされていくのでしょう。

また、今回の「謝れ!」という金八先生の言葉には心が震えました。
大人である以前に人間として学生を傷つけていいものなのかという問い。


また4話では、ひろみ(寿司屋の娘)の父と大将を通じて
父親の子どもに対する思い、ひいては親→子どもへの思いが
描かれます。そこには金八先生の親としての思いも込められている訳です。


ということで5話に突入です。

父親から一方的に野球をやめさせられてしまい、引きこもってしまった
サトケンでしたが、今回は前回から一歩踏み込んで父親の思いが明らかに
なります。勉強して良い高校、大学へ行くことが一番幸せなんだと
自分の体験を反教師にして主張する父親は、サトケンの気持ちを無視して
きました。
これは今の親に共通しているのかもしれませんが、子どもが何も知らない、
何も考えていないかのように親が勝手にこどもの将来を決めようとする
ことがあります。
中学生と言えば思春期で
そんな風に頭ごなしに何か言われたら親に反抗したくなるのも当たり前です。

ところが最近はもしかするとそんな反抗すらしない、あるいは自分の気持ちを
親にぶつけない学生が増えてきているのかもしれません。
金八先生のクラスでは学生はみんな心をオープンにしていますが、
なかなか今の中学生はそうはいかないような気もします。

この父親から思いが明かされたとき、金八先生から
子どもの親に対する気持ちが明らかにされます。
ということで5話では子ども→親です。

光也の話では、
「問題を見つけること」の重要性が強調されます。これも
今回の金八先生のテーマの一つかもしれないですね。
問題を見つければ答えはおのずと見つかる。また逆に、答えは
問題が無いと出てこないということです。

また、中学生のときは馬鹿だったということに関連して
オール1から教師になったという実体験を綴った本
(『オール1の落ちこぼれ、教師になる』宮本延春著)とともに
アインシュタインのことが語られ、自らを突き動かす問題を見つけたから
あんな偉大なことが可能だったのだという、金八流の話になります。
問題がなんなのかを見つけ出せれば、答えは出たようなものだ
というのは良く言われることです。正しい問いがされなければ、正しい
答えは見つからないのです。

アインシュタインは幼少時は、教師に見放され、
将来成功することはまずないだろうと言われていました。
そして知能障害があるのではないかと考えられたほどでした。
しかし相対性理論の研究など、20世紀の最も偉大な科学者の
一人として多大な功績を残しました。

落ちこぼれの偉人という面白いサイトがあったので良かったらどうぞ。


旧ブログになりますが、以前に書いた金八先生の感想はこちらです。

金八先生 第一話「ギラリと光るダイヤのような日!」
金八先生 第二話「赤い私服の転校生」
posted by Jack at 18:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 批評〜書籍・映画・ドラマ〜 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

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