2007年11月23日

改正出入国管理・難民認定法〜指紋採取の行方〜 この記事をはてなブックマークに登録

改正入管法が施行され、20日から海外からの
16歳未満を除く入国者に対し、入国時には
指紋採取と、顔写真の撮影が義務付けられました。
今回の対象には、既に国内に住んでいて、一度海外に
出てから日本に戻る外国人が含まれ、
また、朝鮮人や中国人の永住者は除外されます。
このシステムを導入するのはアメリカに続き日本が二例目です。
(参考:東京新聞BBC NEWS(英語)、globeandmail(英語、カナダ))
参考にした海外ソースなのですが、より懐疑、反対派の意見が
鮮明に出ている気がしました。


僕のこれに対する立場は、

この施行には疑問あり、

です。少なくとも今回の実施による効果が全く無いと
否定は出来ないのですが、賛成も出来ません。

ロイター(英語)によると、初日で5人が指紋検査で引っかかり
拘束されたということです。(出身国などの詳細は明かされませんでしたが。)

今回考えなければならないと思うことが二つあると僕は考えています。

一つ目は、外国人からの指紋採取と顔写真を義務付けるということが、
プライバシーを侵害しているのではないか、あるいは差別ではないのか、
という指摘です。

今回の指紋採取は、
これまでに国内で集められてきた犯罪容疑者の指紋と、
国際指名手配されている容疑者の指紋のデータと照会して
犯罪を犯す可能性のある人物を国内に入れないことを目的としており、
また、今回採取される指紋はデータとして蓄積され、
今後活かされるということです。

この活用なのですが、もちろん一旦登録すれば
今後身元確認がスムーズになるという利点が考えられます。
しかし、今回集められたデータがどのように利用されるのかは
はっきりと分かっていません。
他の国々と共有されるかもしれないし、インターポール(国際警察機構)などへ
データが供給されるかもしれません。

(これは話が横道に逸れますが日本の情報管理能力は低いと言わざるを得ません。
機密情報がWinnyによって流入するなど少し前にありましたよね。)


もちろん僕は日本人なので、今回の件から直接影響を
受けることはありません。だから指紋採取をされる側にはいない訳です。
しかし、指紋とは個人情報の一種だと考えています。
個人判別のために指紋認証などが用いられていると思いますが、
指紋=本人という、ある意味名前より、住所よりも確実に本人を表す記号が指紋
ではないでしょうか。

考えにもよりますが、
この流れが続いたとしてそれぞれの国に指紋のデータが
共有される形で蓄積されるとすると、各国間を移動するときの
証明として指紋が使えるので本人確認はより確実なものになると
予想されます。
しかし、これは同時にそれぞれの国が個人情報を管理するということでも
あります。個人を特定する情報を個人がコントロール出来ないというのも
おかしな話だし、そもそも海外渡航者は自らの個人情報がどうなるのか
ということまで考えているのだろうかという疑問もあります。

セキュリティの為にデータを集めるということは
数があればあるほど安全性が上がるので、集められた情報は
他国などと共有されるのではないでしょうか。
(そうでなくても個人情報を国家が管理することには変わりありません。)
指紋という情報がどのように扱われるべきなのかを一度考えてみる
必要があると思います。


また、今回は大きく取り上げませんが、テロ対策だと言いながら、
実は海外渡航者を犯罪の前科があるのもと同等に
扱っているという事実があります。
これが差別だと言うことも出来ると思います。
観光客がこれにより減るかもしれません。しかし、ルールが守れないなら
来なくて良いというのも一理あります。
これはニュースに対するコメントや、施行に対する意見として
散見されました。

難しいのは、これが国益に適っていることなら、
国民が反対する理由が無いということです。

このシステム導入の理由は何だったのでしょうか。


そう、テロ対策です。


安全になるなら反対する必要は無いかなと思うかもしれませんが、
これについては考えさせられることがあります。

これが二つ目です。

反テロリズム―。

これはアメリカの9.11同時多発テロ以降、
ロンドンやバリ島で爆発事件があったり、
炭疽菌による殺人事件なども起こりました。

テロと言ってもさまざまな種類があり、
オウム真理教の地下鉄サリン事件などもテロと
言えるようなのですが、それらについては地道に
治安を保ち、警戒を常に怠らないという方法しかないと思います。
ニュースでも指摘されいるように、国外から来る犯罪者だけでなく
日本国民がテロリストたりうるということでもあります。

僕が考えたいのは、イスラム原理主義派による
テロです。ジハードなどかなり話がややこしくなりますが、
少なくともアメリカが「敵」として捉えているのがこの勢力です。

特に同時多発テロ以降は反テロが叫ばれ、イラク戦争につながり、
今に至っています。

最も、この同時多発テロによる国民の恐怖は計り知れず、
反テロを掲げる政策を全面的に支持しました。

しかし、この支持の上で、
国が国民の恐怖を煽ることで、国民を操る、
あるいはそれにより一部の既得権益者が利益を得ている
とも考えています。(軍需産業など。)


今回の指紋採取のシステム導入についての
鳩山法相が質疑に答える場面がありました。

ここで出たのがあの問題発言です。


[東京 29日 ロイター] 鳩山邦夫法相が29日、都内で行った講演で「友人の友人がアルカイダのメンバー」などと発言し、その人物が偽造パスポートで日本に入国したともとれる発言をした。ただ、断定できる内容ではなかったとして、その後に発言内容を修正した。

 同法相は、入国する外国人に指紋の採取を義務づける改正出入国管理・難民認定法に関する質疑の中で、2002年10月に202人の犠牲者を出したバリ島での爆破事件にも関わったとする人物について触れ、この人物から、安全上の理由からバリに近づかないように警告を受けたなどと語っていた。(以下略)
ロイター「鳩山法相が「友人の友人がアルカイダ」と発言、その後に修正」より。




最初は僕も変なことを言っているなとしか思わなかったのですが、
今回の施行のことまで考えると、どうやら意図があったようです。
もちろん報道の時点で気づけたのでしょうが、訂正しただ、なんだのと、
どうしてこんな発言をしたのか考えませんでした。

つまり、この話を持ち出すことによってテロの危険性が
非常に高く、身近にあるということを暗に示したかったということでしょう。
質疑の中でこんな話を持ち出すというのは要するにそうではないでしょうか。

少なくとも波紋を呼んだのは確かだし、日本は物騒だと感じた人も
多いはずです。平和ボケしている(?)日本人にテロが身近に迫っている
ということをアピールするには良い機会だったのかもしれません。


しかし、これはある意味国が国民を煽っているということにも
ならないでしょうか。テロという恐怖をちらつかせて国民を良い方向に
動かすということです。考えすぎかもしれませんが、この件の背景には
このようなことがあり、それらを直視する必要があるような気がします。
テロの恐怖はあるかもしれないが、
それが誇大されたものである可能性があるということを
常に肝に命じたいと思います。


恐怖に屈するのか、それとも自由か。

僕のルームメイトとこの件について話し合ったとき
こんなことを言ってたのが印象的でした。
posted by Jack at 14:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事・社会 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

2007年11月19日

WEB社会について少々。 この記事をはてなブックマークに登録

インターネットを使うようになって
まだ5年程度しか経っていませんが、
グーグルやmixi、セカンドライフなどの
ネット世界で次々と誕生する新しい現象に興味を持ち、
主にコミュニケーションとしての側面からですが、
いろいろと考えてきました。

もちろんプログラミングやパソコンのソフト自体には
ほとんど無知であり、実際に何が起きているのかを理解できている
とは思いませんが、インターネットとパソコンの進化によって
起きている現象自体についてはITあるいはICT関係に勤めている
人間でなくても非常に重要な変化が起きていると思うので
考えずにはいられません。


僕が最初にインターネットに興味を持ったきっかけは
糸井重里著の『インターネット的』(PHP新書)でした。

ここに書いてある概念やアイデアは非常に面白いものが
多く、またある意味本質を突いているなと感心しました。
インターネットとインターネット的という言葉の使い分けを
前者は自動車、後者は自動車の普及によって起こる社会的な変化、
つまりモータリゼーションのように考えると分かりやすいと
しています。

本書ではインターネット的の特徴として大きく
3つのことが挙げられているのですが、
僕が特に面白いと思ったのがフラットと言う考えです。

これはインターネット上でのコミュニケーションは、
向こうの相手が「見えない」コミュニケーションであり、
そこでは誰もが対等で、つまりフラットな関係にあるということです。
それは匿名性というものを担保にしているのですが、
そこでは極端に言えば、発言者のアイデア、思考のみがリアルなもの
として存在する世界だと思います。

本来コミュニケーションとはその人の年齢や性別などの外見、
社会的立場などのバックグランドなしには成立しません。
しかしインターネット上でのコミュニケーションではそれらが
現実での対面コミュニケーションと比べて情報の質的にも信用性が
低く、どうしても相手の意見、思考に重点が行くような気がします。
(実際にはそうでもないのかもしれませんが、突き詰めて考えれば
嘘をつくことは誰にでも可能だし、キーボードで打ち込む言葉のみが
信用を築くことを可能とするのではないでしょうか。)

これはいきなりイチローが掲示板に名前を書いても
誰も信用しないことでも分かりますね(笑)

その意味で、ネットコミュニケーションはface to faceでは無く、
idea to idea、あるいは少しくさいかもしれませんがheart to heartの
コミュニケーションであると言えるかもしれません。
それはコミュニケーションを今まで以上に多角的、多様性のあるものに
するでしょう。


そのような事を考えたりしているのですが、
コミュニケーションだけでなく、その他の側面においても
「インターネット的」な世界がもたらす社会的な変化にこれからも
注目したいと思うようになりました。


かなり前置きが長くなりましたが、今回のエントリを書く
きっかけとなった言葉があります。

CNET Japanの江島健太郎氏の「ニッポンIT業界絶望論」より。
情報という財の新しさは、ほぼ限界費用ゼロで劣化なく無限に複製できるということだ。それは理論的にはシャノンが信号を量子化する前から正しいことが知られていたが、コンピュータとインターネットの急激な普及はとうとうそれを現実のものとした。

これを読んだとき、僕は漠然とした、
「ほぼ限界費用ゼロ…、確かに情報のコストは限りなく小さいからな」
程度の感想しか持たなかったのですが、
続く部分から更に一つ考えさせられることがありました。
情報は加速度的かつ累積的に供給が増えているが、人々が情報を消費する時間は定数で、死蔵される情報ばかりが増えていく。この定理は逆も真なりで、参入に巨額の資本を必要としない情報産業では超優秀な技術者のアテンション(集中力)だけが稀少資源で、それ以外の何物もない。その資源を使ってどれだけレバレッジの効く情報財を生み出せるかが唯一無二の戦略であるはずだ。

つまり、情報というものの価値は情報の多さと相まって
限りなくゼロに近づく、そしてその中でも価値のあるものを
探し出す、あるいは生み出すと言う行為をいかにするのか、と言うことです。
(これは梅田望夫氏の『ウェブ進化論』にもある通りです。)

さらに、ここでも
「超優秀な技術者のアテンション(集中力)だけが稀少資源」
というのには同様に閃きの匂いがするだけで、
どういうことなのかは具体的に分かりませんでした。

しかしこの記事に対してトラックバックで記事を書いている
方がいたのでそちらを読んでみると考えがはっきりとしました。


福井プログラマー生活向上委員会「SIer2.0とレバレッジド・プログラマー」より。
例えるなら、ここに名工と呼ばれる椅子職人が居たとします。
彼の作る椅子はまさに神の領域で、誰もがそれを欲しがります。
しかしその椅子は彼にしか作ることができず、彼が書いた設計図通りに作っても、同じものになりません。

その椅子一つ作るのに一ヶ月かかるとすると、彼は40年かかってもたった12×40=480個、480人しか満足させることができないのです(まぁ、その希少性こそが満足という職人もいるでしょうが)。それが天才椅子職人の限界です。

しかし、プログラマーは違うのです。
天才プログラマーが作ったソフトウェアは、コストほぼゼロで無限にコピーできます。そしてネットの力により、配信コストもほぼゼロです。
彼一人で、世界中の顧客を満足させることができるのです。
これが「レバレッジ(てこ)」ということです。

(中略)

ネットが今、世界を変えるとまで言われている最大の理由は「情報はコピーしても減らない」という点に尽きます。まさにこれこそが、物理的な「複製コスト」という制約に縛られてきたこれまでの世の中と決定的に違う点です。

そもそも先に引用した文章では、クライアントから受注した
注文に対してその要望通りのソフトを作ると言う仕事(SIerというらしい。)が、
情報財の特質(ほぼ限界費用ゼロで複製可)
を十分に活かしきれていないのではないかというのが江島氏が
仕事をしていく上で感じた疑問です。

情報財の特質を活かせていないということは従来の財生産と同じで
あるということです。これを上の文章では椅子職人という例えで
分かりやすく説明しています。


これによって分かるのが、
WEB社会ではいかに超優秀なプログラマー(のアテンション)が
ソフトフェアを生み出し、それを世の中へと広めていくのかというのが
問題だということです。

しかしここでは広める方法、つまりレバレッジについては触れません。

また、先に引用した部分におけるアテンションに戻ると、
もともとこのアテンションというのは、文脈的には
「注意、関心」という意味がとれるのですが、ここでは「(集中力)」と
書かれてあり、ある意味掛詞のようになっています。
「注意、関心」としてのアテンションは、
いかに無限にある情報の中から、人々の関心をある情報へと向かせるか
という意味で考えられます。
おそらく彼は、この後者としてのアテンションは説明しなくても
分かるだろうということで、このアテンションと言う言葉に別の意味を
加え話を展開させていったということですね。なかなか上手いです。


僕にとってはなかなか想像しにくいことではあるのですが、
つまりソフトウェアをプログラミングする能力が99の人が
1000人いようとも、100の能力がある人一人には敵わないという事です。
性能が99のソフトウェアが1000個出来るよりは、
100のソフトウェアをコピーして1000個にすれば良いわけですから。
それにかかるコストはほぼゼロな訳です。


ではこの現実をビジネスにどう組み込むかということが問題です。
これについてあまり詳しく言うことが出来ないのですが、今後どのような方針が
採られるべきなのかということを少しだけ考えたいと思います。

コピーすることがコストゼロで出来る訳ですから、
グーグルなどの例を見ても無料で最大の機能を公開し、シェアを限りなく広げ、
その上で広告事業を展開していくというのが一つのやりかたです。
もしそのソフトの性能が最も優れているのであれば、理論的にはシェアも一番に
なれる訳です。イメージとしては99の性能のソフトを100の性能のソフトが
全て上書きしていくという感じでしょうか。

グーグルでは限られた小数の超天才プログラマー達が少数精鋭で開発を進めている
と聞きます。「群衆の叡智」というのとはかなり違うような気もしますが、
この概念もつまりは群衆が集まる中で価値のある情報が蓄積されて一人
の優秀な頭脳を勝るということであり、それは少数の優秀な人物の
コラボレーションでも十分なのです。むしろ「群衆の叡智」というピラミッドの
上辺だけをすくい取ったということでもあるのでしょう。


ではその情報の特質だけに注目した場合、つまり上の例えに従うならば、
オーダーメイドの椅子を注文する人はどうすれば良いのか、そして
ここに優秀な人物は必要無いのかという疑問が出てきます。

これについては僕もよく分からないのですが、イメージとしてはこうです。
超優秀なプログラマーが根本となるシステムを開発する。
そのシステムに即して、それよりも劣っている(不適切な表現かもしれません)
プログラマーなどがそれをそれぞれのユーザー用にカスタマイズする
という感じです。
これにはオープンソースが活用できると思います。

Firefoxのユーザーが追加機能をユーザーの要望に合わせて作ったり
していくことなどの延長でソフトウェアについて考えられるなら、
このような流れが可能なのではないでしょうか。
(そんなに簡単にはいかないかもしれません
。)


ここまで書いてみて非常にややこしくなってしまったと思います。
話に一貫性が無いと言うか。
しかしとりあえず発信してみるというのもブログの利点ではあるので、
投稿してみて、これからさらに考えてみようと思います。

アイデアとしてナンセンスだという批判には甘んじて受けますが、
出来ればどこに対する理解が甘いかということや、分かりにくい部分が
あればご指摘願います。
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posted by Jack at 18:03 | Comment(2) | TrackBack(0) | インターネット | このエントリーを含むはてなブックマーク |

近況報告など(スカンディナビア諸国のEUに対する態度を考える) この記事をはてなブックマークに登録

出来る限り更新をしたいと思いつつ、
更新する内容も出来るだけ読むのに堪えるものに
しようと考えているのですが、中々うまくバランスが
取れません。どうしたものだろう…。

一応留学中の出来事を書くのもこのブログの
強みだと思うので近況報告でも。

・自転車のライトを盗まれた。

これはライトを点けて前を走ってる人を見て僕も点けよう
と思ったときに何故かそこにあるはずのライトが無いということに
気がつきました。最近は朝8時だと薄暗くって少し危険なので
ライトを点けようと思っていたのにも関わらず盗まれていました…。

しかも!後ろのライトも盗られました…。おいおい、それはいくら
何でも酷いのでは。前後二つで二千円也。
そんなに簡単に手で着脱出来ると知っていたら毎回乗り降りの
時に外しておいたのに…。
そういえば誰か友達がサドルを盗まれたっていう話を聞いた事が。
もちろん日本でですが。かなり残酷だと思います。うん。

・火曜日のプレゼンへ向けエッセイを準備中〜

スカンディナビアの政治という科目には、というよりだいたいの
科目が講義とセミナーというように分かれていて、セミナーでは
講義でやった内容についてディスカッションをしたりします。

この政治学のセミナーでは、
毎回数人が各講義でやったテーマについてエッセイを書き、
それについてさっと説明をしてから話し合いに移ります。
講師はノルウェー人の大学院生。修士課程のようです。
博士過程でないとセミナーの講師は勤まらんと友達の数人が
文句を言っていたのですが、それもそうだなと思いつつ、
政治学を勉強するのは初めてなので逆に難しすぎなくて
良いかもと考えてもいます。

僕が担当するテーマは
スカンディナビア諸国とEU統合。

スカンディナビア諸国とは
ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、プラス
アイスランドを指し、
ノルディック諸国が最初の3カ国を指すのが厳密な意味らしい
のですが、多くは区別を明確にせず、4カ国あるいはアイスランドを
含めた5カ国を言います。

現在EU加盟国はノルウェーとアイスランド以外の3カ国です。
ノルウェーがEUに入っていないというのは盲点ではないでしょうか。

また、EUに加盟することに対しヨーロッパ諸国は
積極的というイメージがあるかもしれませんが、実際には
スカンディナビア諸国には根強い懐疑論が存在します。

EU加盟を考える上でいくつかの要素があるのですが、
メインの要素としては経済的側面、安全保障に関する側面、
またスカンディナビア諸国の独自性という側面があります。

もともとスカンディナビア諸国というのは、
例えばスウェーデンモデルと呼ばれるような福祉国家としての
共通性などさまざまな共通項が指摘されています。

しかし、EU加盟に対する態度においてはそれぞれが異なる
状況に置かれ、異なる判断をしているという点で興味深いです。


また僕がこのテーマを選んだのは、
ノルウェーが何故EUに加盟していないのかという
留学以前からの疑問について考えるためでもありました。

EU加盟は今後流れ的には避けられないというのが
僕の予想であり、ではどうしてこれまで加盟が国民投票で
否決されてきたのか、またもし加盟するのであれば
いつどのように加盟するべきなのか、
ということも考えてみたいと思っています。


ある程度はエッセイが書き終わり、プレゼンが終わってから
ここにも時間があれば書きたいと思います。


おまけに先に挙げた3つの要素をざっと説明してみると、

経済的な側面としては、EU加盟は自由市場へと自国の市場を
開放することであり、それで利益を得る国もあれば、
そうでない国もあります。デンマークは恵まれた農業、
スウェーデンはIKEAやVOLVOなどに見られるような国際企業、
フィンランドではNOKIAなどの進んだハイテク産業や原料輸出で
市場開放による利益が十分にありました。
一方、ノルウェーは国内の収入の半分近くを自国の石油で
得ているため、産業自体が国際競争力に欠けています。
また、石油産業を除けば農業と漁業がほとんどの割合を占めており、
残念ながら市場開放によって良いことはありません。

ユーロ加盟に関してもフィンランドのみに留まっています。
つまり各国に賛成意見と反対意見がそれぞれ根強くあり、
その配分が多数派の意見の抽出方法によって
(国民投票や政党のポジションなどの各国での違い)
デンマーク・スウェーデン・フィンランドでは加盟へと
つながり、ノルウェーでは非加盟という結果になっています。

安全保障に関しては一言で説明できませんが、
スウェーデンは中立を主張しておりその部分ではEU加盟に
消極的でしたし、デンマークはEUを通しての安全保障は拒否、
フィンランドは隣国ソ連の事実上の被支配下にあったことから
積極的な参加を目指し、ノルウェーは経済に限った協力を主張
しました。

スカンディナビアの独自性についてですが、
これはかなり複雑で、まだ上手く説明出来ませんが、
例えば福祉国家というのは特質として大きな政府であることが
必要であり、国家が積極的にイニシアチブと執って行うものなので、
EUという超国家的な機関に参加することは、国家の権力の
一部を受け渡すことを意味します。
その為、EU参加によって福祉政策を維持できるのかなどの
疑問が提起されました。

つまり独自性を残しつつどのようにEU統合に加わっていくのか
が問題となっています。


EU加盟と言っても、いくつものステージがあり
各国それぞれにどのステージまでならクリア出来るかどうかが
違います。

ということでさまざまな要素が絡み合い、
上手く説明出来るかは分かりませんが、出来る限り
全力を尽くして考えていこうと思います。

日本語で説明してると、英語を頭で変換するのもそうですが
ニュアンスが英単語なら上手く表せるのに日本語だと難しいという
ことがあります。また、英単語ではこう言うんだけど日本語では
どう言うのだろうという問題にも突き当たります。

僕としては日本語でも同じだけのことが説明出来る程度には
なりたいと思っています。
(まずは英語で理解できるようになるのが先決ですけど…)
posted by Jack at 04:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーを含むはてなブックマーク |

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